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ここ数年はより刹那的に生きるのです

知人がアルツハイマー型の痴ほう症になりました。年齢が年齢なので仕方がないのかも知れませんが脳細胞が徐々に死滅し、やがて脳の中枢を脅かすと生命にも関わる病気というのが切ないです。

彼女を見ていると、もののかたちや因果関係がわからないのと最近の記憶から40年間の記憶があやふやで、娘時代のことは逆に鮮明に覚えているようです。ですから、俺のことはよくわかっていないはずなのですが、多少外面のよい性格なために観察しながら俺のほめ所をなんとか探し、会話が成り立ってしまいます。調子のよさも生きる術なのだなぁ。

いまの彼女の中では、自分の子どもはまだ3歳くらいでひとりでよちよち出かけてしまうのが心配だそう。その子は数年前に43歳で亡くなっていることもわからなくなっているのだろうか?二つならんだ写真の白髪頭の男性があなたが愛した人で、そのとなりの若者が息子さんなのですよ。

俺が線香をあげて、手を合わせると「ありがとうございます」と彼女は言うけれど、たぶん、線香をあげた人にはありがとうというものだ、と反射的に口に出たような気がします。

人間の生き方にはいろいろな選択があります。

将来に備えて働いては貯えるひと。

給料がでたら残さず使ってしまうひと。

自分に似合う物を揃えていくひと。

物よりも思い出になるようなことを重視するひと。

彼女を見ていると、思い出も物も、あまり重要ではないようです。

遠くに行きたいよりも、「お家に帰りたい」そうです。

あまり過去とか未来にとらわれておらず、常にいまの一点を真剣に生きているようです。

そんな観察をしていると、なんとなく自分の生き方を見つめ直してしまうものです。

そして、ふと思うのです。仕事も遊びも恋も、もう少し刹那的でいい。その一瞬を大切にしないで人生を大切にはできない。

全部を全力でやっていたのでは身が持ちません。やるべき時はやり、休むときは休む、そういう瞬間瞬間の過ごし方をしようと思います。

さて、仕事か、遊びか、恋か・・・どの辺りから参りましょうか?