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春陽狂言 万作・萬斎の世界

埼玉会館リニューアル・オープン記念事業

2017年4月16日(日)15:00〜 於:埼玉会館大ホール

◆解説 石田幸雄

◆『武悪(ぶあく)』

 主:野村万作 武悪:深田博治 太郎冠者:高野和

 後見:月崎晴夫

◆『二人袴(ふたりばかま)』

 兄:野村萬斎 舅:石田幸雄 太郎冠者:月崎晴夫 弟:飯田豪

 後見:高野和

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※解説

皆さんこんにちは。埼玉会館リニューアルということでおめでとうございます。この公演に先立ちまして行われました狂言ワークショップにも、ここの半分ぐらいの方々に参加していただきまして、大変盛況でした。ワークショップで頑張っちゃった方はちょっとお疲れかと思いますが寝ないようにw

(ここで恒例の挙手アンケート)今日初めて狂言をご覧になる方は?(一斉に手が挙がる)…半分以上いらっしゃいますかね。このくらいいらっしゃると話がやりにくいんですwww 古典芸能というのは初めてご覧になる方にはとても取っつき難いものだと思います。しかし、最初は分からなくても、観続けるうちに段々と面白さが分かってきます。一回観て「ちょっとこれはどうかなー」と思ったら、そこで諦めないで是非もう一回観て下さいw

狂言はこの裸舞台だけで演じられるもので、普通のお芝居にあるような舞台装置みたいなものは一切ありません。この舞台で表現されることは観たままが100%ではありません。具体的にせず、あちこち省略していますので、その省略した部分を観る人の中のイメージで膨らませて欲しいのです。ぱっと見、分からないところがあったら少し集中して観ていただけるとありがたいです。テレビのつもりで提示されたものをそのまま受け取ってぼーっと観ているとぼーっと終わってしまいますw

パンフレットには粗筋が書いてありますので、読んでいただければおおまかなことは分かると思います。現代では使わない、難しい言葉には語句解説がついていますので、これも辞書的に使っていただければと。

順序が前後しますが、まず『二人袴』から。今日の2曲は古典ながら普通のお芝居っぽいものです。能狂言はだいたい、最初が面白くありませんw お客さんに想像を膨らませながら観てもらうために、あえて最初からあまり情報を入れないようにしています。幕が上がって演者が橋掛かりをゆっくりと歩いて来まして、舞台に着いても特に急ぐ様子もなくw この辺りでお客さん的には「観に来なきゃ良かった」となるんですねw ここはちょっと我慢していただいてw

この『二人袴』では昔の聟入りという習慣が出て来ますが、これは今で言う「お嫁さんの家にお聟さんが入る」という意味では無くて、結婚をして初めてお聟さんがお嫁さんの実家に挨拶に行くということです。まずお舅さんが登場して「この辺りの者でござる」と名乗ります。「この辺り」というのは実に便利な言葉で、色々な公演先で使えるんですね。今日は浦和市民とか埼玉県民となりますね。この辺りにいる、皆さんと同じ普通の人という意味です。

演者が舞台をぐるっと回って「何かと言ううちにどこそこに着いた」と言うのは道行(みちゆき)といって、場面転換が起こっています。見た目ぐるっと回っただけで何も変わりませんがw 皆さんは最初とは違う別の場所に移動したと想像して下さい。また、狂言でこの辺り(地謡座付近を指し示す)に座って黙ってしまったら、それはこの場面ではいないことになっています。見えていてもいないんですw いないと思って下さいw

今回の『二人袴』は兄弟が出て来ます。この役は普段は親子なのですが今回は兄弟設定の方でやらせていただきます。普段親子で慣れてしまっているので、もしかしたら(台詞を)間違えるかも知れませんw (『二人袴』粗筋をざっと)…聟入りという習慣を扱った、とてもおめでたい曲です。ここに出て来るのは皆善意の人達です。相手を喜ばせようとしていろいろ画策して、結局失敗してしまう善意のすれ違いが起こります。いっぱい笑うところがありますが、最後はほっこりと暖かい気持ちになれる曲です。

一つ、分かりにくいところがあるので説明しておきますが、聟さんがお舅さんとお祝いの酒盛りをするところで、聟さんが「嫁さんが最近しきりに青梅を食べたがる」と言うのですけれど、これは「お嫁さんが酸っぱいものを欲しがっている」という意味で、女性が酸っぱいものを食べたがるということは…ということで、この夫婦の仲の良さを象徴づける話になっています。酸っぱいものについては今更説明しませんがwww

続いて『武悪』。この曲は始まり方が狂言の中でも特に異色です。普通狂言1曲は20〜30分ぐらいで、どこにでもあるような話なのですが、この『武悪』はもっと長くて、ある意味狂言らしくないドラマがあります。

武悪という字が使われていますが、これは文字通りの「悪い」という意味では無く「とても強い」という意味になります。その武悪が主に「不奉公」したと言われますが、これは奉公をさぼったということですね。怒った主が太郎冠者に武悪を討てと命じますが、ここで太郎冠者は自分にとって武悪は「あとふどころ(後懐)」なのでそれは出来ないと一旦は拒みます。この「あとふどころ」とは幼なじみのことで、それも赤ん坊の頃から血の繋がった兄弟同様に育てられた、一人はおんぶで、一人は抱っこで一緒にあやされた、というような意味を含みます。

主人に刀で脅された太郎冠者は泣く泣く主人の命を呑むことにします。(『武悪』粗筋をざっと流しながら)…武悪を助けた太郎冠者は主に「武悪を討ちました!」と嘘の報告をすると、いざそうなってみて武悪を哀れに思った主が弔いをしようと太郎冠者を伴って鳥辺野に向かうと、そこで武悪の幽霊と出逢ってしまいます。もちろん、本当の幽霊ではないのですがw…当時は地獄や極楽、幽霊の存在が普通に信じられていた時代です。後半は、そういうことをベースにしたお話になっています。

武悪の幽霊が語る地獄の様子が、この世の様子とさほど変わらないというのが面白いところです。前半後半に分かれたかなりの大曲ですが、そんなことを頭に入れながらご覧になっていただければと思います。次の『二人袴』ではもう大らかに笑っていただければと。それでは『武悪』『二人袴』、お楽しみください。

※『武悪』

http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc12/enmoku/buaku.html

この曲をこの布陣で観るのが実はお気に入り。特に深田武悪と高野太郎冠者の幼馴染コンビが中の人達の関係性と上手くマッチしていて(フカタカは今や一門の大黒柱ですよね)前半のドラマチックな展開でのハラハラ感がグッと上がります。主から武悪を斬れと命じられた太郎冠者が、機を窺って何度も刀に手を掛けるがどうしても斬れない。この場面の高野さんはとてもエモーショナルで、観ていて一緒に手に汗を握るような気持ちになれます。

対する深田武悪は本当に信じ切っていた(太郎冠者が自分を斬りに来るなど夢にも思っていない)様子で、一旦は斬られる腹を決めるものの、太郎冠者がやはり斬れぬと諦めたので「ああ良かった」とばかりにケロッと立ち直るさまの軽さがちょっとビックリなのだけどw 深田さんがそのあたり嫌みなくカラッと演じていて、「おいおい」とツッコミつつw この二人に悲劇が起こらなくて良かったなぁと素直にホッと出来るのですね。中の人同士の息の合い方などが相乗効果なのでしょうか、とにかく惹きこまれる前半です。

後半は万作主の喜怒哀楽に釘付けw 前半あれだけ怖かった主が(万作さんの怖さがこの役に一番フィットしてると思います)後半、武悪のナンチャッテ幽霊を丸っきり信じて、単に幽霊を怖がるだけではなく、幽霊ならばあの世にいる自分の亡父を知っているだろうと、急に涙もろくなって尋ねるところがまぁ拍子抜けするわ可愛いわw どんなに怖く見える人でも、親を慕い懐かしく思う気持ちは変わらんのだなぁと暖かい気持ちになります。前半後半の落差はさすが万作さんという感じ。

これもまた、やがて万作家の若手達が手掛けていくのでしょうね。フカタカコンビに負けない新しい武悪&太郎冠者がいつか登場することを願って…。

※『二人袴』

http://www2.ntj.jac.go.jp/dglib/contents/learn/edc12/enmoku/futaribakama.html

同じ彩の国公演では去年の行田での空前絶後の大ウケぶりが記憶に新しい曲w 今回は会場のリニューアル記念公演ということもあってか、普段あまり見かけない配役での上演となりました。親子の設定を兄弟に。基本的には呼び方以外、親子設定と変わるところはありませんが、解説で「いつもの(親子設定の)癖で間違えるかも」と聞いたもんだから、ちょっと意地悪く(爆)台詞に普段以上に聴き耳を立ててみようかなとwww なにせ当の解説の石田さん演じる舅が最も頻繁に兄弟の呼び分けをする立場なので…w

萬斎兄に飯田弟。中の人達の実年齢を考えると親子で良いんじゃないか(大きなお世話w)…まぁ兎にも角にも、兄弟という設定を頭に入れておくと、兄ちゃんの方も何となく心もとなく見えて来るから不思議なものでw 普段は若手らしからぬ妙な落ち着きのある飯田さんw 今回は堂々を通り越して(爆)その落ち着きでボケをかますところのギャップが凄いですwww 慣れない袴でぎこちなく歩くところや、袴の後ろが無いびんぼっちゃんスタイルを誤魔化すために超高速でターンするところなど、さすが身体能力の高い彼、ちゃんと見せてくれましたね。

実年齢では充分に親ですが、一門の若手相手に兄設定の萬斎氏、親よりもナチュラルに見えたかも知れませんw いささか現代的視点になるかもですが、親子と兄弟とではちょっと関係性が違うのかなとも思います。親だともうひたすら心配して過保護で、と見えますが、兄だと親よりは「突き放してる」感があるんじゃないかと。まぁあまりそう細かく考えないで、弟の天然ぶりとそれに振り回される兄貴のアタフタを楽しめば良いのかなw

舞台はもう爆笑に次ぐ爆笑でwww 前述の行田公演の大騒ぎに負けず劣らずのウケっぷりでしたw 曲の途中で拍手が巻き起こったりと、ホール公演ならではの良い意味でのユルさがここでも健在でした。解説の時の挙手アンケートで狂言を観るのが初めての方が半分近くいらっしゃったので、この大ウケ『二人袴』で古典芸能にすんなり入れた方が沢山いらっしゃったら嬉しいなと思いました。

石田さんの舅が今回もハマり過ぎで、あの失敗がバレて恥ずかしさで消えてしまいたいだろう兄弟(親子)を包み込むおおらかさ・めでたさは石田さんならではだと思います。会場リニューアルも聟入りも兎に角めでたい空気が大切。気持ち良く終われるのはこの舅の締めの雰囲気作りにかかってますよね。ちなみに「親子」と「兄弟」の台詞間違いはありませんでしたw きっちり実務をこなす月崎太郎冠者も適任。ラストの三人連れ舞で遂にびんぼっちゃん袴を見つけた時の「腑に落ちた」笑いが耳に残ります。

終演後、笑い疲れの声が客席のあちこちから聞こえましてw とても良い雰囲気のリニューアル公演となりました。1300の座席もすぐに完売しましたし、これを機に埼玉会館での公演は毎年の定期にしていただけるとありがたいです(さいたま市民より)w